とある魔術の禁書目録SS_04.txt

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アニメ『とある科学の超電磁砲《レールガン》』第4[#「4」は丸付き数字]巻初回特典付録

とある魔術の|禁書目録《インデックス》SS[#大見出し]

鎌池和馬
イラスト/灰村キヨタカ
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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)とある魔術の禁書目録《インデックス》
|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)絶滅|危惧《きぐ》種

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)第4[#「4」は丸付き数字]巻
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 第四話[#小見出し]
 いのちのあれこれ[#大見出し]
 ALFAR.[#小見出し]

[#改ページ]

   1

 捜査の依頼内容の説明をさせていただきます。
 スコットランド北部の要衝《ようしょう》・レンガ埠頭《ふとう》が敵対勢力に占拠《せんきょ》されました。
 敵対勢力の正体は、レンガ埠頭を管理する魔術師自身が作り上げた魔術生命体アルファル。このアルファルにはレンガ埠頭の設備・備品などを利用して、さらに複雑かつ高度な魔術生命体や大規模霊装などを作り上げるだけの知能と技術を有しているという情報がありますので、そうしたトラブルに発展する前に、アルファルを討伐《とうばつ》しレンガ埠頭を制圧してください。
 なお、レンガ埠頭は海外からの侵入者を食い止めるための、イギリス北部の防衛ラインの中核として機能しています。
 現状の情報を海外勢力に知られ好機と見られる前に問題を解決する事も重要ですが、アルファルがそうした海外勢力からの支援を受けていないとも限りません。細心の注意と共に制圧作戦に臨んでください。

 そんな訳でスコットランドである。
 現状のイギリスは、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北部アイルランドの四つの文化圏で成り立っている。スコットランドはイギリスの中でも一番北にある地方だった。さらに問題のレンガ埠頭は、スコットランドの北の北、最北端に設置されていて、島国イギリスへ海や空からやってくる不審者を片っ端から沈めるために機能していた……という訳だ。
 そう。
 つい半日前までは。
「ようやくイギリスまで帰ってこれたと思ったらこんなんだよ」
 ジーンズショップの店主は心の底からうんざりした調子で呟いた。
「やっと仕事ができると思ったんだぜ。溜《た》まりに溜まった注文書を一つ一つでも消化できると思ったんだぜ。それが……どうなってんだクソったれ!! 俺はいつになったら客にジーンズを届けられるんだっつーの!!」
 お店の経営状況を思い出したのか、店主はこめかみに青筋を浮かべて叫ぶ。
「そもそも、敵に乗っ取られた魔術要塞を制圧してくださいなんて、どう考えても『聖人』の神裂《かんざき》の力技以外に何も求められてねーだろ!! こんなトコにブチ込まれたって俺にやれる事なんか何もねえよ!! あったらあったで超困るよ!!」
「い、いやぁ、申し訳なくは思っているんですよ? でも事件が私達を待ってくれなくて」
 ツアーガイドの少女は居心地悪そうに言う。
 対する店主は力なく笑って、
「ふふ。おかげでクレームのメールがあまりにも多すぎて、メールサーバーの管理会社から心配されるほどになっちまった。だが安心しろ。最近は中学生の佐天ちゃんの書く英文法が少しずつ上達してきている事に喜びを感じてしまうような状態だから」
「ううむ。その調子だとまだ完ぺきな英語を使いこなせているって感じじゃなさそうですけど、具体的にはどんなレベルなんですか?」
 質問されたので、店主は最新のメールに書かれていた一文をそのまま読んだ。
「ふぁっくゆあーあすほーる」
「うう。やっぱりお客さんはブチ切れているんだという意思は伝わってきますね」
 嘆《なげ》くようなツアーガイドの少女の言葉を、傍《かたわ》らにいた神裂は黙って耳にする。
 神裂は神裂で、ジーンズショップの経営状況よりも気になる事があった。
「……まさか、よりにもよって、海からの侵入者を防ぐための超長距離迎撃神殿を、こちらのイギリス内陸部へ向けられるとは……」
 そんな風に呟いている神裂は、問題のレンガ埠頭から三キロほど離れた所にある小さな茂《しげ》みの中に身を潜めていた。レンガ埠頭の大規模魔術の有効射程は半径二〇〇キロ以上だが、ここまでなら物陰から物陰へひっそりコソコソ移動する事で、何とかアルファル側に気づかれずに近づけたのだ。
 つまり。
 これ以上一センチでもレンガ埠頭に近づいたら即座にバレて、馬鹿デカい『見えない砲撃』をブチ込まれてしまうという訳だ。
 と、同じ茂みの陰に隠れているジーンズショップの店主が、
「っつーか、レンガ埠頭って何よ?」
 素朴《そぼく》な質問に対し、やはり同じ茂みに隠れているツアーガイドの少女が答える。
「元々は、産業革命の頃の施設らしいです。今は使われていない港の跡地を、イギリス清教が徴収して、迎撃用の魔術施設へ改装してしまったものでして。現在は同施設を乗っ取ったアルファル以外には誰もいないらしいので、戦闘に巻き込む心配はなさそうですけどね」
 茂みから出たら即座に迎撃魔術を撃ち込まれるので、自然とツアーガイドの少女は神裂や店主の体をぐいぐいと押すように動く。
 押された店主は忌々《いまいま》しそうな顔で、
「アルファル、ねえ……」
「こっちこそ質問ですけど、アルファルって何ですか? 人名?」
「……オメー、お仕事何だっけ? ツアーガイドさんって世界各地の文化や常識、流行に精通していて、その知識を使って戦闘用の魔術師を的確に『紛《まぎ》れ込ませる』お人じゃなかったっけか? それとも北欧《ほくおう》は範囲外な訳?」
「馬鹿にしてると茂みの外にぶん投げますからね。いや、その、アルファルが何であるのかは分かりますけど、まさか、あのアルファルで合っているんですか? だってアルファルって……」
「色白金髪耳長の女の子だよ。エルフって言った方が分かりやすいかな?」
 と。
 そう答えたのは、青ざめた肌の、病弱そうな青年だった。件の『アルファル』とやらにレンガ埠頭から追い出された、元々の管理人である。当然ながら魔術師だった。
 スラッパールという名前らしい。
 店主はややうんざりした調子で、
「っつーか、流石に四人隠れるには小さい茂みだよな」
「でも、アルファルなんて実在するんですか? 似たような黒小人《ドヴェルグ》―――ドワーフは、『北欧神話の文化圏では製法の分からない金属加工技術を持っていた異民族』だっていうレポートが提出されていませんでしたっけ?」
「リチャード=ブレイブだっけか。オメーらの所にやたらと固執している魔術師がいたよな」
「いやぁ、実を言うと、こちらも確固たる理論に基《もと》づいて製造した訳じゃないんだな。それっぽい伝承《でんしょう》を持つ化石が見つかってさ。そこから情報を抽出《ちゅうしゅつ》した上で、巨大なフラスコを使って製造しただけだから、『アルファル』もしくは『アルファルっぽい別の何か』って事しか分かっていない。まぁただの人間とも違うようだがね。アルファルの伝承にも色々あるけどドヴェルグの対極って感じで調整したから、金属とか地下空間を嫌う個性が生じてしまったし」
「意外にアバウトだなオイ。ってか、狭っ。駄目だ尻が出るっ、神裂、オメーもうちょっとそっちに行けよ! さもなくばここで抱き締めてやる!!」
「……それをやったらビンタでレンガ埠頭まで着弾させますからね」
「いやこっちもマジで限界なんだって! ポーズ的に!! それが駄目だとツアーガイドの両足の間に顔を突っ込む事になっちまう!!」
「ギャー実行と共に金玉蹴るーっ!!」
 あまりにもひどい抗議に動きが止まる店主。すると、何故かスラッパールが緩《ゆる》やかに両手を広げた。どうやらウェルカムらしいのだが、店主はゆっくりと首を横に振って、
「……神裂。もうビンタされても良いから、思いっきり抱き締めて良い?」
「ものすごくマイルドな笑顔で何を言っているんですか。それより聴取を続けましょう」
「聞きたい事とは?」
 一蓮托生《いちれんたくしょう》で茂みに隠れるスラッパールが質問すると、神裂は遠く離れたレンガ埠頭の方を指差し、
「あそこで何があったのかと、あそこで何が起ころうとしているのかを、です」

   2

 現代の魔術では、呼吸法や精神集中法などを利用して、術者の生命力を魔力に変換し、様々な術式を行使する。
 しかし意外に思うかもしれないが、そんな魔術師達は『魂』とは何なのか、という事に対する明確な答えは出せていない。いくつかの有力な仮説はあっても、それを裏付ける結果を出せていないのだ。この辺りは、難解な数式の証明行為にも似ているかもしれない。
 そして。
『魂』のメカニズムは分からずとも、それを複製・量産したり、手を加えたりする事はできる。
 そう。
 例えば、クローン人間の研究を行う科学者は、『魂』とは何なのかが分からなくても、遺伝情報を複製できるように。
 例えば、臓器移植をする医者は、『魂』とは何なのかが分からなくても、瀕死《ひんし》の患者に活力を与え、数十年の寿命《じゅみょう》を延長できるように。
 魔術師も、そんな風に仕組みの分からない『魂』を、器である肉体ごとまとめて製造する事がある。
 魔術生命体。
 天使や悪魔のように、『別位相空間に存在する何らかのエネルギーの塊』としての生命体ではなく、魔術師が有機物に手を加えた亜種だったり、時には無機物だけを素材として作り出す新種だったり……そのパターンは千差万別《せんさばんべつ》、十人十色である。
 先ほど話に出たアルファルにしても、化石は材料に過ぎず、生前と同じ魂が宿っている訳ではないはずだ。
「いやぁ、一応はさ。これでも魔術生命体の製造なんてジャンルはもう流行っていないって事ぐらいは分かっているんだ」
 スラッパールは笑って言う。
「何しろ、あれは色々と問題が多すぎる。一体辺りの製造コストが高すぎるっていうのもそうだし、寿命も不安定で、作った直後に死んでしまう事例も珍しくない。自然界に対応できなくて、フラスコとか試験管の中だけでしか生きられない、なんて困ったパターンもあるぐらいだし」
 それが賢《かしこ》い獣であれ、長寿な美少女であれ、魔術生命体には共通の特徴がある。
 それは言うまでもなく、『独自の思考能力を持つ』事だ。たとえば、真空の刃を生み出すにしても、術式の手順は色々存在する。そして、独自に変更された部分が裏目に出る事もある。一つのオーダーに対してランダムに方法を切り替えられた場合、その小さな差異が儀式全体に影響を及ぼし、術者の命すら危険にさらす可能性が出てくる。
 そんな不安定な魔術生命体に注力するぐらいなら、そのコストを使って魔術師自身の性能を増強させるような杖や剣―――つまり霊装を作ってしまった方がマシなのだ。
(……そもそも、ゴーレムのような『道具としての人型の端末』も魔術で作り出せる訳ですからね。即席で作って即席で壊せるアイテムの方が、利便性の面では優秀ですし)
 などと神裂は思う。
 今時、真面目な顔で魔術生命体の製造を行っている魔術師は絶滅|危惧《きぐ》種だろう。当然、製造者が少なくなれば魔術生命体の個体数も激減していく。おそらく、清潔な儀式場や神殿、塔などの他にはどこにもいないはずだ。
 自然界に存在しないような機能を付加された生命体は、それ故に、自然界の様々な問題には対処できずに死んでしまう場合が多いのである。深海魚を陸に上げたらどうなるかを考えれば分かりやすいだろうか。
「何で、わざわざそんなものの研究を……?」
 神裂が質問すると、スラッパールは困ったように頬を掻いた。
「欠点の克服《こくふく》だよ」
「?」
「先天的な特徴でね。私は、一定以上に複雑な術式の構築ができない。なんていうんだろう。こう、感覚的な表現で申し訳ないんだけど、思考がほどける……とでも言うのかな。複雑な事を考えようとしていると、その複雑な事が何だったのかを忘れてしまうような、変な感じがするんだ」
 つまり高度な魔術を使えない体質らしいのだが、そこで神裂や店主は首を傾《かし》げた。彼はレンガ埠頭の管理人で、海からやってくる侵入者を大規模な迎撃魔術で撃ち滅ぼす事を主任務《しゅにんむ》としている。そんな人間に務《つと》まるとは思えないのだが……。
「そのためのアルファルさ」
「肩代わりさせていた、という事ですか?」
「私は秘書というよりは、DNAコンピュータのようなものだと認識していたけどね。複雑で面倒な演算を任せるための装置を用意する事で、私は私にできない高度な仕事をこなそうとした。いやぁ、着眼点は悪くなかったはずなんだけどさ」
「……その自慢の演算装置に裏切られたって訳だ」
 店主が呆《あき》れたように言った。
 実際にスラッパールとアルファルが対立すれば、先天的に高度な魔術を扱えないスラッパールに勝ち目はない。スーパーコンピュータの開発技師はそのコンピュータの全てを知っているが、かと言って、単純な演算勝負で自分の作ったコンピュータに勝てる訳がないのだ。
 ツアーガイドの少女が、何故か手を挙げて発言した。
「あのう。それで、アルファルは何でブチ切れたんですか?」
「さあね」
 スラッパールは肩をすくめた。
「生命体として最低限の安全は供給していたつもりだったが、それ以上のものを要求する精神性を手に入れていたのかもしれない。そればっかりは、暴走したアルファル本人に聞いてみなければ分からない」
 穏やかながらも、微妙に冷たい言葉だった。
 その台詞に、神裂はこの魔術師のスタンスを想像する。
「何しろ、相手はそもそも人間じゃないんだからさ。行動の原動力となる欲求についても、我々人間では考えつかないようなものである可能性もあるんだし」


   3

 神裂は茂みの向こうにある、レンガ埠頭までの距離とルートを再確認する。
「レンガ埠頭には、アルファル製造時に使用した霊装や施設が残されていて、アルファル自身にそれを扱うだけの知能がある。……となると、アルファル以上に厄介な魔術生命体が作り出される前に、ケリをつける必要がありますね」
「そーかよ。後は個人的には、こういう利己的な目的で生命を生み出したり殺したりってのは避けたいとかか?」
「……、」
 ムスッとする神裂。
 そこで、スラッパールが横から言った。
「そうだったそうだった。一応忠告しておくけど、問答無用でアルファルを暗殺するのはまずいかもしれないな」
「?」
「今現在、アルファルはレンガ埠頭の迎撃システムを制御下に置くため、施設の核と魔術的にリンクしている。彼女が何らかの『保険』を組み込んでいる可能性もあるって事さ。……例えば、アルファルの生命活動が止まると同時に、レンガ埠頭の魔術的な機構が丸ごと破壊されて使い物にならなくなるとかね」
 スラッパールは料理が美味くなるワンポイントを教えるような調子で、そんな事を告げる。
「北部防衛の拠点としてレンガ埠頭を確実に取り戻したいのなら、アルファルは殺さずに制圧した方が良い。一度無力化したら、こっちにチェックさせてくれ。アルファルが自分の肉体に魔術的な細工を施しているかどうかは、製造者が調べればすぐに分かる」
 襲撃側からすれば嫌な条件を突きつけられたようなものだが、神裂はむしろホッとしているようだった。『殺さずに済む合理的な条件』を提示されたのが嬉しかったのかもしれない。
 お人|好《よ》しめ、と心の中で呟《つぶや》きつつ、店主は神裂に質問をする。
「しっかし、具体的にはどう近づく? 元々、レンガ埠頭の大規模迎撃術式は、障害物のない海や空に向けて放つ予定のもんだ。遮蔽《しゃへい》物の陰から陰へと移動していけば、ある程度の軽減はできるかもしんないけど、それもここが限界だ。これ以上の近距離になっちまえば、障害物ごと貫いてでもオメーをブチ抜こうとするはずだ。しかも、距離は三〇〇〇もあるからな。聖人の脚力を使っても、レンガ埠頭に着くまでに一発ぐらいはもらうかもしんねーぞ」
「確か、レンガ埠頭のシステムは『術式妨害型』でしたね」
「え、そうなの? 魔術師自身の扱う魔術をわざと暴走させて、内側からダメージを与えるためのもんか。ま、海中や空中を強引に進む魔術師を沈めるには、それが一番手っ取り早いだろうけどよ」
「ああ。ちなみに『あらゆる魔術を使わないで、普通に歩いてレンガ埠頭へ向かう』は通用しないよ。魔術師ってのは生命力を魔力に精製するだろう。あの迎撃魔術の『見えない砲撃』は対象の魔術師の体に着弾すると、その生命力を強引に魔力に変換させた上で、勝手に体内で暴走させる仕組みを持っている。本人が魔術を使うかどうかは関係ない」
「……暴走って、あれですよね。全身の血管がランダムに破れたりとか、神経にダメージが入ったりとか、結構メチャクチャになるって話でしたけど」
 何を想像しているのか、ツアーガイドがぶるぶる震えながらそんな事を言う。
 店主は改めて神裂の方を見て、
「で、どうすんだ実働隊? ダメージ覚悟で、血まみれで仁王立ち?」
「……何でそんな漢《おとこ》らしい事をしなくてはならないんですか」
 神裂は呆れたように息を吐いた。
「どんな形式であれ、『術式妨害型』の攻撃なら、こちらが得意としている術式を解析した上で、最も効率良く暴走できる信号のようなものを撃ち込むんでしょう」
「それが?」
「ようは、最初に解析されなければ良いんです」

   4

 神裂|火織《かおり》は背の低い茂みから立ち上がった。
 目的地であるレンガ埠頭までは、直線距離で三〇〇〇メートル弱。そこへ向けて、彼女は足を踏み出していく。
 聖人の脚力があれば音速以上の速度も出せるが、神裂はそうしたスピードに頼らない。むしろ、まるで綱渡りでもするかのような、ゆっくりした歩みで前へと進む。
 当然ながら、レンガ埠頭の大規模迎撃術式は即座に反応した。
 最大で半径二〇〇キロ圏内の敵を正確に撃ち抜く超長距離魔術は、今さらのように神裂火織に向けて巨大な『見えない砲撃』を正確に撃ち込む。
 直径一メートルを超す、莫大な魔力の直線だった。
 あらゆる魔術師を暴走させ、その内側からダメージを与える迎撃《げいげき》魔術。場合によっては全身の血管や神経をズタズタにしてしまうほどの威力を秘めているものだ。
 しかし。
『おい神裂!! 直撃っ! 今思いっきり直撃したけど大丈夫かよ!?』
 携帯電話から店主の声が聞こえるが、神裂は涼しい顔で答えた。
「ですから言ったでしょう。『解析』さえされなければ問題ないと」
 直撃はした。
 だが、神裂の肌には傷一つなかった。
 理由は簡単だ。
 レンガ埠頭の迎撃魔術は、『魔術師の扱っている魔術がどんなものかを解析した上で、その魔術師を最も効率良く暴走させるための信号』を即座《そくざ》に生み出して撃ち込む方法を採用している。
 十字教には十字教の。
 仏教には仏教の。
 神道には神道の。
 それぞれの宗派、学派に対応した信号を扱《あつか》うが故に、その一撃を浴びた魔術師の方は、どんな対策を講じていようが『暴走』に巻き込まれる羽目になる。
 そう。
 本来なら。
 しかし神裂火織が扱っているのは、普通の十字教とは少々|趣《おもむき》が異なる。
 多角宗教融合型十字教様式・天草式十字凄教。
 江戸時代に日本で迫害されていた、隠れ切支丹《キリシタン》を母体《ぼたい》とする組織の術式だった。彼らは十字教の隠れ蓑《みの》として神道や仏教を利用した結果、いつしかどこまでがカムフラージュで、どこからが本命なのかも分からない、融合してしまった独特の様式を築き上げていたのだ。
 そんな神裂は、十字教も仏教も神道も取り扱える。当然、それぞれの術式の源《みなもと》となる『魔力』の種類にしても同様だ。
 レンガ埠頭側が神裂の体から『十字教の匂い』を感じ取って、それに対応した迎撃魔術を発射する。しかし神裂はその間に魔力のパターンを『仏教のもの』に変換。すると、『十字教のために作った』迎撃魔術は、神裂に直撃してもダメージを与える事はなくなる訳だ。
 後は同様の連鎖。
 十字教が駄目なら仏教に、仏教が駄目なら神道に、神道が駄目なら十字教に。次から次へと魔力のパターンを変換させていく事によって、神裂はレンガ埠頭からの攻撃を無効化させていく。
 単なる高速移動では避けられないと思ったからこそ、神裂は体内の制御だけに意識を集中し、ゆっくりと歩きながら魔力の質を変換させ続けている訳だ。
 続けて何度も『見えない砲撃』の一撃を浴びながら、神裂の顔色は一度も変わらなかった。
 効果のない攻撃は、魔力の飛沫《しぶき》となって彼女の周囲へ吹き散らされるだけだった。
 三〇〇〇メートルの散歩を終えた神裂は、レンガ埠頭へと到着した。
 その名の通り、赤レンガでできた建物の多い港だった。施設の大きさは四〇〇メートル四方ぐらいだろうか。巨大な倉庫や乗組員の待合所などが並んでいるが、近代的な港湾施設にあるような、大型のクレーンやコンテナなどは見当たらない。
(……所詮は跡地。時間が止まっているようですね)
 廃墟《はいきょ》と言うよりは文化財というイメージが強い。おそらく単に放置されていたのではなく、人の手で手入れされていたからだろう。むしろ、現役で活動している施設よりも清潔に感じられるぐらいだった。
 敷地内に入った事で、レンガ埠頭からの砲撃は止まっていた。
 施設内での同士討ちを避ける自動機能でもあるのか、あるいは単純に通用しないと諦め、別の作戦に切り替えようとしたのか。
 神裂は携帯電話を耳に当て、
「ひとまず到着しました。レンガ埠頭の迎撃施設を破壊してしまえば、あなた達も安全にこちらまでやってこれるはずですが」
『だーやめやめ。そいつはスコットランドの要衝で、北部海上からの侵入者に対する迎撃網の中核だって話だろ。そんなもんぶっ壊したら、イギリス全体のセキュリティグレードが下がっちまう。施設にはできるだけ傷をつけずに終わらせた方が良いんじゃねえの?』
「という建前で、本当は単に楽がしたいだけでは?」
『当ったりー。っつか、元々俺は戦闘向きじゃねえし。そういうのはムキムキマッチョな聖人サマにお願いしまーす』
「……そのムキムキマッチョについては全力で抗議したいのですが」
『じゃあムチムチセクシーな聖人サマにイロイロとお願いしたい―――ッ!!」
「そうですか。いずれにしても後でぶっ飛ばしますから覚悟してください」
 ひひひぃぃぃーっ!! という店主の震える悲鳴を無視して神裂は手近な建物へと近づいていく。
 レンガ埠頭の建物は『倉庫』や『灯台』や『待合所』などの建物が一つ一つ独立しているのではなく、レ...
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